段ボールを解体するのが遅いと人権がない世界へ

「ここで顔見知りが出来たら終わりな気がする」

このことに関して語るとき、私はよくそういうふうに言う。『このこと』っていうのは派遣のバイト、特に宅配業者のアルバイトのことなんだけど、私と同じようにヤ〇トや佐〇の派遣バイトを経験した人は大抵「わかる」って言ってくれるんだよね。

 

私が初めてヤ〇トのバイトに手を出したのは寒い冬の事だった。めちゃくちゃお金がなくて、それなのに予定はめちゃくちゃあった。どうにかしてお金を手に入れられないものかと登録した派遣会社で、さっそく紹介されたのがヤ〇トの深夜バイトだった。夜10時から翌朝の6時で1万円。1万円!これを五回やるだけで私のバイトの月給を上回るのか!ほかにこんなに割の良いアルバイトはあるまい、と当時の私はニマニマしていた。

京都駅前の事務所から現場まで向かう途中の車で、同級生の男の子と仲良くなった。とても気さくに話しかけてくる人で仲良くなれそうだと思ったのだけれど、「クラブによく行くんだよね」と言うのを聞いて、もしかしたら仲良くなれないかもしれないと思いなおした。彼は「いやあ、このバイトあんままともな人がいないんだよね。まともな人がいて良かった」となかなか失礼なことをまあまあ大きい声で言っていた。多分彼もそんなにまともではないと思う。

 バスの中はすごくムワッとしてて、外は真っ暗で、なんだか切なくなった。音楽を聴いている人、誰かにLINEを送ってる人、眠っている人、いろんな人がいて、みんなこれから一様にヤ○トで働く。出荷される牛みたいな気持ちだ。ドナドナドナドナ。目的地に到着すると、みんな迷いなくバスを降りて歩きだした。私は歩く方向も分からずソワソワしている。ドナドナドナドナ。休憩所みたいなところはタバコと石油の匂いで臭くて息苦しかった。夜十時近くだったせいもあってちょっとウトウトする。わたしの斜め後ろではネパール人らしき(インド人かもしれないしアメリカ人かもしれない)数人の男性がなにごとかを話してクックッと笑っている。彼らはバニラの香水みたいな独特の匂いを漂わせて菓子パンをかじっていた。わたしの隣ではクラブ通いの男が真面目くさった顔で腕組みをしている。金髪の女の人、わりと歳がいった感じのおじさん、キラキラした若者のエネルギーを放つ男集団、三色チーズ牛丼顔の男の子...とかがいた。わたしは何に分類されるんだろう。支給された靴とヘルメットは前回誰が履いたかも分からないもので、ラウンドワンのローラースケートのやつよりずっと臭くて湿っていた。

 訳もわからぬままに作業場にやってきて、最初は特に指示もされないから雰囲気で動いた。大きいカゴみたいなのをゴロゴロ転がして、それっぽい場所に移動させた。なんでここに移動するのかとか全くわからなかったけど。これが朝まで続くのはいろんな意味でしんどいな、と思い始めたときに別な仕事を指示された。ベルトコンベアにたくさん荷物が流れてくるので、自分の担当番号の荷物を引き込む、という極々単純な作業。結論から言うとわたしはこれを一晩中やった。朝6時までやり続けた。頭がおかしくなるかと思った。番号のついた荷物を延々と見続けた。この仕事機械化しろよ早く。っていうかできるだろ機械化。

こんな単純作業にも関わらず、わたしは社会不適合者なのでたくさんミスした。体育の先生みたいなおばちゃんにバカみたいに怒鳴られた。そして何より冬の深夜というのは私が思っていたよりずっと寒かった。パーカーの上にGジャンを羽織っていっただけのスタイルだったわたしはあまりの寒さに涙がちょちょぎれた。人から借りたGジャンなのにちょっと作業場の独特の匂いが染み付いてしまってもっと泣きそうになった。ベルトコンベアの音がうるさかったので結構大きな声で一人で歌っていた。手元は忙しいのに頭の中は暇だった。ここでは私は誰よりも哲学者になれた。生きることとか働くこととか私の存在価値とかお金のことに思いを馳せては落ち込んだ。私を救ってくれるのは刻一刻と進んでいく時計だけだった。あんまりにも惨めったらしい顔をしている私をみかねた男の人が時折励ましてくれた。30歳、髭、フリーター、ヒョロヒョロのっぽ。って感じのわたしの性癖を集約したかのようなおじさん。私が25歳のフリーター女だったら多分恋してた。

第一回目の日雇い労働は無事に(?)終わった。翌朝わたしは家に帰ってシャワーを浴び、そのまま大学に出席した。偉い、偉すぎる。最初は何度かやろうと思っていたヤ○トのバイトだったが、終わってみると二度とやりたくなかった。しかし私はこの日からそう遠くない日にまたヤ○トにお世話になることになった。お金がなかったからである。

夜を明かす労働はしんどいと思ったので、2回目以降は22時までのシフトでいれることが多かった。それでもいろんなことがしんどかった。自分の祖母と同じくらいの女性が怒られているのを見るのがしんどかった。ぶかぶかのヘルメットをかぶって必死で働いている様子がしんどかった。わたしは早く動くことがとても苦手なのでよく怒られた。段ボールを解体する作業の時が特に顕著にわたしの鈍さがでた。周りの人が5個くらい解体している間にわたしはひとつしか解体できていなかった。惨めof惨め。段ボールを早く解体できなくったって生きていけると思っていた。段ボールの解体が遅いだけでこんな惨めになるなんて。

職業に貴賤はない、と口ではいいながらも肉体労働をどこか下に見ている自分がいた。頭を使ってクリエイティブなことをすることばかりが仕事だと思っている自分がいた。ここでは間違いなく私が1番弱くて使い物にならない人間だった。恥を知るべきである。

ヤ○トのバイトの帰りのバスの中からはいつも工場の光やたなびく煙が見えていた。すごく綺麗で、この光に労働の影を感じてめちゃくちゃ切なくなっていた。多分もうヤ○トのバイトはやらない。