介護施設でアルバイトをして金言を得た話

 私は小さなデイサービスセンターでアルバイトしています。「ぜひこういう仕事をしたってことはいろんな人に言ってくれたら嬉しい」と言っていただけたので、個人情報などには触れず、つらつらと私のデイサービスでの体験を書いていこうと思います。

 

 元々、母が介護士として働いていたことや、実家で介護の必要な曾祖母と暮らしていたことなどもあり、デイサービスセンターで働くことはそんなに抵抗はありませんでした。いや嘘、本当はめちゃくちゃ抵抗ありました。

 なぜかと言われれば、理由は二つあるんですけど。一つ目は、うちの曾祖母がとても頑固な人だったから。デイサービスから家に帰ってくるとすぐブツクサ文句を言うし、めっちゃキレるし、可愛げがないし、もう年を取っていたからいろいろなことが出来なくなっていたし、こちらの感覚からしたら普通にちょっと不快になるようなこと(ほじった鼻くそを肥料だと主張して観葉植物の土に投げ込むとか、食事の仕方とか)もするし、そういうのを間近で見ていたんですよね。他人なら良いけど、一緒に暮らすとなるとちょっと話は別。私が小さいときは毎日のように曾祖母と喧嘩していました。

 二つ目は、母から老人ホームでの話をよく聞いていたから。(老人ホームとデイサービスは性質が違うので、母から聞いていたほど私のアルバイト先は過酷ではなかったです)利用者の方にめちゃくちゃ引っかかれるだとか、うんこを投げつけられただとか、すごい剣幕で怒鳴られるとか。うちの母は楽観的というか、些細なことはものともしないので、「おじいちゃんに『なんだお前マスクなんかして!失礼だぞ!』って言われたから『私結核なんだ、マスク外そうか』って言ってゲホゲホ咳したら『ギャー!』って悲鳴あげられたんだ」とかいって大爆笑してました。良いのか分からないけど、母はいつも楽しそうに仕事の話をしてくれます。良いのか分からないけど。母、図太すぎやしないか。まあでも仲良くはやっているみたいなので、良かったです。

 私は母とは違ってかなり繊細なので、多分利用者さんの言うことをいちいち真に受けてしまうし、あんまり利用者さんたちと距離を縮めることもできなそうだな、なんて思っていました。それでも介護施設でアルバイトをすることにしたのは、母が見ているものを私も知りたかったし、自分自身もいつか迎える老後について今のうちから考えてみたかったからです。

 

 私が働いているのは『デイサービスセンター』といって、老人ホームなどとは違い、日帰りでお年寄りの方たちの介護を行う場所です。入浴やトイレのお手伝い、食事、レクリエーション、掃除、送迎が主な仕事になります。自分でしっかり喋れる方や食事をとれる方が多いので、老人ホームや病院なんかよりは比較的働きやすいとは思います。ただ、一人では歩行が困難な方も多く、かなり気を配らなくてはいけません。その人によって違いますが、腰に手を添えたり、腕を組んだり、前から手を引っ張ってあげたり、何らかの介助をする必要があります。

 私は大体、出勤するとすぐに入浴の準備をして、利用者さんたちの手を引いてお風呂場に入ります。服を全部脱ぐのを手伝って、頭と体を洗って、全身を拭いて、服の着替えを手伝い、最後に頭を乾かします。これだけの過程でも注意しなければいけないポイントが山ほどあって、例えば服を脱ぐときには本人が出来る範囲の部分は自分でやってもらうようにしたり、ズボンやパンツを脱がせるときは手すりにつかまってもらってグイッと引き下げます。(大抵みんなオムツです)頭と体を洗うときは、人によって適切な温度が違うから利用者さんの様子をよく見る必要があるし、椅子に座ってもらうときは必ず腰を誘導してあげなければいけないし、その人の身体の具合によってどこまでお手伝いするかの範囲が違うし。私は人の身体をあらったり拭いたりする力加減が全くわからなかったし、服を着せるのも、お年寄りだからと思って壊れ物を扱うかのように服を着せようとするとなかなか上手くいかなかったりして、かなり神経を使いました。転んだら命取りだから、足元には絶対に気を配らなくてはいけないし。

 正直会話も大変でした。自分の家に曾祖母がいたから、お年寄りとは会話できると思っていたけれど、他人となるとやっぱり勝手が違う。正直、「この話通じるかな?」「この人、私の話どこまで理解しているんだろう?」「この人脈絡がないけど何の話をしているんだろう?」「これ言ったら失礼になるかな?」とか、なんていうか、本当に、勝手が分からないんですよね。しかも、敬語を使うべきか、ため口で話すべきなのかも分からない。介護士の方ってよく利用者さんにため口で「~しようね」とか話しているイメージなんだけれど、私にとっては人生の大先輩だから、そんな気さくな言葉遣いしていいものか…と思っていました。だってやっぱり尊厳があるし、そんな幼児に向かって話しかけるような話しかけ方したら、ムカつくんじゃないかなって。

 この施設の社長の石井さん(仮)は、その辺をとても心得ている方でした。上手いんですよね、話し方が。決して相手をバカにしているわけでもないし、「お世話してあげている」感がなくて、その上まったく他人行儀ではない。フレンドリー。だから相手も全く嫌な気持ちにならない。利用者の皆さんは石井さんに心を許しているようだったし、私なんか本当にペーペーだなって。

 私が「どんな風に話したらいいか分からない」と言うと、石井さんは「ずっとかしこまった口調だとどうしても距離が遠くなってしまうから、ある程度崩す必要はあるけれど、かといって友達みたいに話すのも違うのよね。してはいけないこと、しなくてはいけないことっていうのがあるからそこは厳しくいかなくちゃいけない。空気を読む!って感じ」と言ってくれました。「全部うんうんって優しく聞いてあげることも大事だけど、それだけじゃ駄目よ。やらなくちゃいけないことはやらないとだから、そう言う時は拒否する隙を与えないように話を進めちゃうのよ」と。なるほどなあ。他人だったら全部優しく聞いてあげてその場をやり過ごしちゃえばいいけど、この人は本当に利用者さんたちのことを大切に思っているんだなあって思いました。

 石井さんは、マジで利用者さん一人一人への対応の仕方を心得ていて、この人にはこう、この人はこう、というのをすべて理解していました。普通は出来ない、と思う……。「言葉をすべて受け入れる必要はないから、その人自身のことを受け入れてあげて」ということを、私は最初にここの施設で働いた日に石井さんに言われました。この言葉はだいぶ響いたし、介護のお仕事だけじゃなく、いろいろなことに言えるんじゃないかなって勝手に感じてました。

 

 ただやっぱりびっくりしたのが、歩くのが困難な方が一人で誰もいないお家に鍵を開けて入っていくことや、結構な介護を必要とする方が同じくらいの年齢の配偶者さんと二人きりで暮らしていたり、そういうケースがたくさんあるってことです。話には聞いていたけれど、実際に見ると「本当に、本当に大丈夫なのかな?」と思ってしまいます。自分がお手伝いをしていても1人では出来ない部分がたくさんあったのに、できるのかな?って。ここでアルバイトをしたおかげで、実感を持って介護について考えられるようになりました。

 

 最後に、本当にお年寄りと言ってもいろいろな人がいます。身体的なことだけではなく、性格がね!「ありがとう」とにこやかに言ってくれる方、何かの拍子に突然不機嫌になってしまう方、怒りだしてしまう方、「ごめんね」と言って泣いてしまう方、など。老いって、こういうことなのかなあと薄ぼんやりと、私の中では考えがまとまりつつありました。

 自分がもし、年をとって、いつか他人に服を脱がせてもらわないとお風呂に入れないくらいになってしまったら、(見下しているわけでも憐れんでいるわけでもなんでもなく)私はきっと申し訳なくて申し訳なくて死にたくなってしまうと思う。自分が嫌になってしまうと思う。そういうのを越えて、今ここにいるこのお年寄りの方たちって、すごくすごく強いんじゃないかなあ。実際彼らが何を考えているのかなんて分からないけれど、少なくとも私にはそういうのを耐えられる精神の強さがまだない。

 

 ただ、みんなとても良い方たちで、私に話しかけてくれたり、手を振ったりしてくれて、すごく嬉しい気持ちになります。私にはない強さだとか知識を持っている方たちと交流をすることが出来るっていう点で、私はデイサービスでアルバイトをしていてとても楽しいです。